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東京高等裁判所 昭和63年(ネ)2112号 判決

控訴人(被告) 神東観光株式会社

右代表者代表取締役 磐田恭三

右訴訟代理人弁護士 西村孝一

同 村越進

被控訴人(原告) 榎本忍

被控訴人(原告) 里見ひろみ

被控訴人(原告) 小倉菊生

被控訴人(原告) 榎本八寿子

右四名訴訟代理人弁護士 原田一英

同 松井元一

同 辻洋一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「一 原判決を取り消す。二 被控訴人らの請求を棄却する。三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、被控訴人の主張

1. 別紙株式目録記載の控訴人(以下「控訴会社」ということがある。)の株式(以下「本件株式」という。)は、もと訴外榎本巌が有していたところ、右巌は、昭和五九年一月二七日、公正証書により、本件株式につき被控訴人らを受益者、訴外大政徹太郎を受託者として信託する旨、及び信託終了後は被控訴人榎本忍が本件株式の二分の一を、その余の被控訴人らが六分の一ずつを取得すべき旨の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。右巌は昭和五九年七月一三日に死亡し、本件遺言に従い、右信託(以下「本件信託」という。)がされた。

2. 本件遺言においては、信託期間について、「受託者が信託を引受けた日より弍〇年間とし、右期間中は受益者は受託者の了解なくしては本件信託を解除することができない。」との規定(以下「本件規定」という。)がある。本件規定は、受益者と受託者との合意があれば、いつでも本件信託を解除することができる旨を定めたものであり(信託法第五九条の信託の解除に関する「別段ノ定」に該当する。)、これにより、被控訴人らは、昭和六一年四月二二日、受託者である右徹太郎と本件信託を解除する旨の合意をし、被控訴人らは、右徹太郎から、それぞれ別紙株式目録記載のとおり、各株券の交付を受け、これを所持している。

3. よって、被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ、本件株式中、その所持する株券にかかわる株式につき名義書換手続をすることを求める。

4. 控訴人の主張に対する反論

本件信託は受託者たる徹太郎の自由な裁量判断により解除を認めることができるものであるが、仮に何らかの制約があるにしても、信託の目的を達し又は達することができないことが明らかになったとき、あるいはやむを得ない事由があると認められたとき、すなわち、本件信託を続けていく意義が失われたと認められるときは、本件規定により本件信託の解除ができるのであって、本件解除は、これらの場合に該当するので有効である。

すなわち、本件信託は、右厳の死後において、その妻静が本件株式による株主権を介して控訴会社の経営に介入するのを防止し、かつ、受託者である右徹太郎による適切な株主権の行使により控訴会社の経営の適正を図ることを期待してされたものである。本件信託の当初においては、信託株式数は、控訴会社の発行済株式総数の過半数を占めていたものの、その後における増資新株の発行により、過半数を大きく割る結果となり、受託に係る株式によっては控訴会社の経営をチェックすることができなくなったこと、右増資に関連して被控訴人らと右徹太郎との信頼関係が損なわれたことから、右徹太郎は、も早本件信託を続けていく意義が失われたものと認め、本件規定に基づき、被控訴人らとの合意により、これを解除したものであり、その解除は有効である。

三、控訴人の主張

1. 被控訴人ら主張の二1の請求原因事実は認める。

2. 同二2の請求原因事実中、本件規定の存在は認めるが、被控訴人らと右徹太郎との合意により、本件信託が解除された事実は否認する。徹太郎は、受託者の任務の辞任の意思表示をしたにすぎない。その余の事実は不知。

もともと、本件規定は、信託法上、受益者が当然には信託の解除権を有しないところから、これを明らかにするため、受益者が本件信託を解除することができないことを注意的に規定したものにすぎない。

すなわち、本件信託は、本件遺言者たる巌の死後において、右厳と離婚問題にまで発展し極めて不仲の関係にあったその妻静が本件株式を介して控訴会社の経営に介入し、種々の困難を来すのを防止するために、その期間を二〇年と定めて行われたものであり、このような本件信託の経緯・趣旨・目的からしても、右巌が右期間の満了前における本件信託の解除を認める趣旨で本件遺言をしたものとは到底いえない。少なくとも、右静の死亡前における解除は許されない趣旨であることは明らかである。なお、仮に、合意による解除ができるとしても、右のごとき本件信託の趣旨・目的からして、無制限にできるものではなく、合理的理由が存する場合に限られるものと解すべきであるが、本件解除には、そのような理由がない。したがって、被控訴人ら主張の本件信託の解除は、その効力を生じていないので、被控訴人らは本件株式を取得していない。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、被控訴人ら主張の請求の原因二1の事実及び本件信託中に本件規定が存することは、当事者間に争いがない。本件の争点は、本件規定に基づく本件信託の合意解除があったかどうか、あったとしてその当否はどうかであるので、この点について判断する。

二、まず、第一に、本件規定の文言に従ってその意義を考えてみると、信託は、元来、受益者において一方的に解除することができる性質のものではないから、本件遺言において、二〇年間の信託期間内は本件信託を解除することができない旨の定めを設けたとしても、それのみでは単なる注意的な意味を有するにすぎないことはいうまでもない。しかしながら、本件規定は、信託期間を二〇年間とした上で「右期間中」は「受託者の了解」なくしては「解除する」ことができないとするものであり、その文言を文理に添って素直に解すれば、本件規定は、右二〇年間の信託期間中であっても、受託者の了解があれば、受益者において本件信託を解除することができる旨の、解除に関する特別の定めをしたものと解するのが、一般的に認められる素直な解釈であると考えられる。右の解除は、相手方の了解の下における解除であるから、合意解除である。

次に、〈証拠〉によれば、受託者たる徹太郎の父大政満は、本件遺言者である巌が控訴会社を設立した時から監査役となり、また、顧問弁護士として、右巌と親密な関係にあり、その後、右徹太郎も父に代わって監査役となり、顧問弁護士となるなど、右巌とは親子二代にわたって、通常の弁護士と依頼者の関係以上に密接な関係にあり、親子ともども右巌の厚い信頼を受けていたこと、右徹太郎は、本件遺言につきその案文作成の段階から関与し、父満とともに遺言の証人及び遺言執行者となっており、本件遺言の経過を最もよく知る者といえること、本件信託の解除に関する本件規定は、右巌の作成した当初の案では、信託期間として、「受託者が信託を引受けた日より妻榎本静の死亡時まで。」とされていたが、右徹太郎の助言により、その表現が適切ではないとして右静の年齢をも考慮して「受託者が信託を引受けた日より、二〇年間」と変更され、更に、その後、受託者である徹太郎の判断により同人が適当と認めたときは、いつでも本件信託を終了させることができる趣旨で前示のような文言にされたことが認められる。

これらによれば、本件規定は、右巌の右徹太郎に対する厚い信頼のもとに、右二〇年間の信託期間中であっても、本件信託がされた経緯・趣旨・目的などに照らし、右徹太郎の裁量の下にする合理的判断に基づき、被控訴人らとの合意により解除することができる趣旨のものとして定められたと解するのを相当とし、これを覆すに足りる証拠はないというべきである。この点に関する控訴人の主張は、本件遺言及び信託に直接にかかわりのない第三者の立場からする独自の主張ともいうべきものであって、採用するに足りない。

三、次に、〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

1. 本件遺言者である巌は、控訴会社の設立者であり、同社の発行済株式総数二万株の七割に当る一万四〇〇〇株を有し、同社及び同社を中心とするグループ企業のオーナーとして経営に当たってきたが、同人は、本件遺言に先立ち、当時不仲であったその妻静に対して、協議離婚を求めていたがこれを拒絶されていたところから、自分の死後、右静が右株式を相続して右会社の経営に介入することを防止し、また、被控訴人らに右株式を相続させた場合にも、右静がその娘である被控訴人らを通じて同じく経営に介入することを防止するため、併せて右株式による株主権の適切な行使による控訴会社の経営の適正を期するため、本件遺言により、日ごろから信頼していた控訴会社の監査役であり顧問弁護士である大政徹太郎を受託者とする本件信託をしたこと。

2. 右巌は、昭和五九年七月一三日に死亡し、本件公正証書遺言の内容が関係者に明らかにされるとともに、巌の有していた株式一万四〇〇〇株の株式のうち一万一〇〇〇株(本件株式)が受託者たる右徹太郎に引き渡され株主名簿の名義も同人名義に書き換えられたが、他方において、右徹太郎による会社支配を恐れる動きが生じ、右徹太郎の反対にもかかわらず、被控訴人らの賛成の下に、昭和五九年八月六日、引受人を伊藤萬株式会社として新株二万株が発行されたこと。

3. 右徹太郎は、右巌の本件遺言に当たっては、その案文の作成など深くかかわってきた者であり、自分が受託者とされたのも、受託に係わる株主権を行使して控訴会社の経営の適正を図ることにあるものと考えていたが、その反対にもかかわらず、右のように受益者である被控訴人らまでが右新株の発行に賛成し、被控訴人らとの信頼関係が破壊されるに至ったこと、受託株式だけではも早発行済株式総数の過半数に満たず、会社経営に対する適切な発言権を確保することができないこと、したがってまた、被控訴人らが直接に株主権を行使することとしても、会社経営に種々の困難をもたらすことにはならないことなどの事情を考慮した上、既に本件信託を続ける意義は失われたものと考え、被控訴人らの申出に基づき、昭和六一年四月二二日、両当事者の合意により、本件信託を解除したこと(前掲甲第二号証の契約書には、「辞任」という語が使用されており、また受託者の辞任に関する信託法四六条の規定が表示されているが、同時に信託終了に関する同法五六条、解除に関する五七条も表示され、同契約書中の第二、第三項は、右契約書による合意により本件信託が終了することを当然の前提としているものと解されるのであって、右「辞任」の語の表示をもって、到底上記認定を覆すことはできない。)。

四、以上の事実によれば、右徹太郎が本件信託の合意解除に応じたことについては、本件信託がされた経緯・趣旨・目的に照らし、これを不合理とすべき格別の点は見当たらないといわなければならない。本件信託がされた経緯から見て、右巌は、右静の死亡するまでは、特別の事情のない限り右徹太郎において本件信託の解除の了解をしないものと期待していたものと考えられなくもないが、本件規定の文言から直ちに右静の死亡するまでは解除の了解ができない趣旨のものとすることはできないのみならず、前認定のように、本件規定は、最終的には、右徹太郎の裁量による合理的判断により、合意解除をするか否かを定める趣旨のものとなったものといえるのであって、右静の死亡前の合意解除が直ちに本件規定に反するものということはできない。

そうであるとすれば、被控訴人らが、右合意解除により、右徹太郎からそれぞれ別紙株式目録記載のとおりの株券の交付を受け、これを所持していることは、証人大政徹太郎の証言と弁論の全趣旨によりこれを認めることができるので、被控訴人らが、控訴人に対して、それぞれ本件株式中その所持する株券に係わる株式につき名義書換手続をすることを求める請求は、これを認容するのが相当である。

五、よって被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条及び第八九条に従い、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 清水湛 伊藤剛)

〈以下省略〉

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